黎明乃刻を、小暮くんの立ち場で振り返るよ

黎明乃刻、東京公演お疲れさまでした~~~!!!!!

 

思えば黄昏から約半年、黎明という夜明けをずっと待ち続けていました。

刻シリーズ完結と言われ、毛利さんと西森さんが卒業すると言われ、あまりの絶望に打ちひしがれていたんですけど、それでもやっぱり大好きなシリーズの新作舞台は、なににも代えがたいほどに嬉しいです。観劇できて幸せです!

 

私は、9月5日の初日以外の東京公演5公演を観劇したのですが、反復するごとに内容がわかって、色んな気づきもあったので、自分の中で整理をして大阪公演に挑むためにも、ちょっとここでまとめてみようかと思いました。

私が感じた勝手な考察と感想を含めていますが、ネタバレしかないので、ネタバレ嫌な人はお戻りください。

 

黎明の主演のふたりがどう足掻いてもキーパーソンなので、まずは小暮くんの視点で黎明を整理することにします~~~

 

 

 

◎小暮くんとして見た黎明

黄昏までの小暮くん

一嶋係長のクローンである小暮くん。

暁のときの設定では、製薬会社の元職員で感情表出が乏しく自意識が希薄。一度死んでいますが、死因は不明というものでした。

悠久で雛森というメサイアを経て、一嶋係長に(たぶん)クローンであることを教えられる。

月詠で、自分が酷い人体実験を受けて、周りのクローンたちもバタバタ死んでいったという壮絶な記憶を思い出す。自分のには存在価値がないのだと喚くも、そこに雛森の「おまえを死なせない」という言葉を与えられて、雛森に少しずつ心を開き始める。

そして黄昏で、少しずつ心を寄せていた雛森への思いも記憶も全部リセットされて、北方の駒になります。

 

黎明での小暮くん

記憶と、やっと自分自身の「小暮洵」としての人格を取り戻した小暮くん。

でも最初の登場シーン、あれは小暮くんの深層心理なのかな、あれを見る限りでは全然ハッピーじゃなかったし、逆に死ぬほど辛そうでした。

白い人たちが小暮くんを囲むシーンを見ていて、あの白い人は小暮くんなのだなあ、と漠然と思いました。黄昏のあの、小暮くんに手を伸ばしてくれた雛森を刺すシーンの回想では、雛森の動きとシンクロして倒れるので雛森なのかなあ、とも思ったんですけど、でもあれは小暮くん自身だと思います。

この作品の中で、雛森の存在だけが小暮くんを小暮くんたらしめるものです。まあ、それがメサイアかなあ、とも思うので。その雛森を撃ち殺すってことは、イコール小暮くんのことを認めてくれている存在を消すってことになるので、つまり小暮くん自身も死ぬんですよね。小暮くんという存在が、雛森が死ぬということによっても表現されているのかなあ、と思っていました。

でもこのときの小暮くんは、そのことにまだ気づいていません。

 

そのあとチャーチで雛森と再会して、現実でも雛森を殺そうとする。

このときの小暮くんって、本人はあとから自覚してましたけど「自分がどんなに苦しいのかわかってほしかった」って、本当にその状態に尽きるんですよね。

俺って、こんなに可哀想なんだよ。つらいでしょ。かなしいでしょ。だから俺のために全部差し出してよ。

みたいな感じかなあって思いました。優しくされたかった、っていうとまたちょっと違う感じがするんですけど、「認めてもらいたかった」っていうのがやっぱり合ってるのかなあ。

あと、本当に「誰か」である自分になるためには、小暮くんのオリジナルである一嶋係長とそれに付随するものを消す必要があると考えたんじゃないですかね。自分をクローン扱いした奴みんな消えれば、自分はクローンじゃなくなるじゃんって考えなのかな……。

 

で、そのシーンは一旦、ラスールくんと要くんの登場でお開きになるんですけど、その次に私が一番「小暮くん可哀想」って思ったのは、メサイアスーツ着たユキが現れたときですかね……。

まじで呼吸を忘れて、やっぱ毛利さんそうくるんだって思いましたけど、私が小暮だったら一番嫌な展開でした。いや、もちろん雛森を殺しちゃうとか、そういうのが一番嫌な展開なんですけど。

 

小暮くんはクローンで、本人の言葉を借りるなら「自分が死んでも悲しんでくれる友人も家族もいない」状態なんですよ。

そんな中で、小暮くんの存在を唯一認めてくれたのが雛森だった。小暮くんには、もう雛森しかいないんです。自分をクローンたらしめるのは雛森かもしれないけど、同時に自分を自分として一番認めてくれているのも雛森です。小暮くんの一番は、どう足掻いたって雛森以外にいないんですよね。

 

でもその雛森には、小暮くんじゃない唯一がいる。

あまりにも悲しくて、嗚咽漏らしそうになりました……。

 

自分が一番心を割いている相手に、自分を一番に想ってもらえないのは、照る日の杜の穂波もそうだよなあって思いますけど、穂波はまだ、及川くんとか信者の人とかに慕われているので、自分のアイデンティティはあったのかなあと思います。

 

でも小暮くんは違うじゃないですか。この世界で、ひとりぼっちじゃないですか。

自分が一番求めている相手は、全然違う相手と心底楽しそうにしてるんですよ。まるで自分の存在なんてどうでもいいみたいに。ちょっとした拷問かな?って思いました。

 

だから私は、雛森の傷がユキと再会したことで癒えるのを「よかったなあ?」って今にも泣き出しそうな声で言う小暮くんが、一等つらかったです。

小暮くんにとってのユキって、雛森を自分から奪った相手な訳で、そんな相手と雛森が庇い合ってたら、そりゃイライラします。たぶん死ぬほどつらいだろうけど、小暮くんの場合はそれがイライラだって思っちゃったんですよね。自分のことイライラさせるもの、全部消しちゃいたかったんだと思います。

だからあのシーンの殺陣は、ユキを狙うことが多かった。小暮くんがユキを狙えば雛森が庇うし、それでまたイライラして……っていう負のループですよ……つら……。

 

小暮くんからしたら、雛森がユキを庇っている時点で、雛森に裏切られたも同然なんですよね。「俺のこと救うって言ったくせに、なんで他の奴大切にしてんの?」っていう嫉妬もあったんじゃないかなあ。

認めてくれるのかな、信じてくれるのかな、自分を一番大切にしてくれるのかな、って思っていた相手に裏切られて、そうでなくても小暮くんは自分を大切にしてくれる人なんていないって思ってるんだから、一度裏切られた雛森に「おまえのことを救いたい」ってもう一度言われても、「今更なにもかも遅い」って思っちゃうんですよ。

「俺を殺せ」って言っていた小暮くんは、もうなにも信じられなかったのかもしれません。いっそ死んだほうが楽かも、とかも思っていたのかもしれないです。あのときそう言って、自分のメサイアに殺されることを望んだので。

 

で、そのまま雛森に撃たれてしまうんですけど。

でもあのシーンの一慶さんのお芝居、本当に見事で心痛すぎました。

死んでしまった(と思っている)小暮くんの身体に縋って、その身体を抱き締めて、まるで壊れ物を扱うみたいな手で震えながら小暮くんの頬を撫でてくれるんですよ。あのシーン思い出しても泣いちゃうんですけど、もしあの体温を小暮くんが朦朧とする意識の中でも覚えていたのなら、きっともう一度、雛森のこと信じてもいいんじゃないかなって思ってくれたような気がします。

雛森は確かに小暮くんの死を悲しんで、涙を流してくれたし、ラスールくんに引きずられてしまうほど、小暮くんの傍から離れようとしなかった。

 

だからかどうかはわからないですが、そのあとの小暮くんの深層心理の変化は顕著でした。

 

(小暮くん自身?と思われる)白い人と対峙する関係で描かれた深層心理は、小暮くんの心境の変化が大きかったように思います。

雛森に裏切られたという気持ちと、雛森をもう一度信じたいという気持ちの間で揺れ動く小暮くん。

「おまえには代わりがいる」「おまえは必要ない」と、自分自身に突きつけられて、それでもそれから這い上がりたい、心の奥の奥の小暮くんが、白い人に襲われます。きっとここで「助けて」という言葉を口に出せたのは大きいんじゃないかなあ、と思いました。この言葉を、咄嗟にでも口にできたことで、小暮くんは雛森を殺したいんじゃなくて、雛森に救ってほしかったんだなってことを、自覚したんじゃないかなあ。

だって小暮くんという存在を認めてくれるのはもう、雛森だけなんですよ。小暮くんが一番心を割いているのは雛森で、雛森という存在が小暮くんの存在を認めてくれるんですよ。だったらやっぱり縋りたくなるし、救ってほしくなるし、伸ばされた手を取りたくなる。

そして小暮くんは、雛森に手を伸ばしたい自分、雛森メサイアになりたいと思っている自分がいることを認めました。

これって、すごい大きな進歩ですよね。傷つくのがこわくて周り全部を傷つけていた小暮くんが、傷ついても雛森の手を取りたいなって思ってくれて、そんな自分がいることに素直になってくれたんですよ。それほどまでに、小暮くんにとって雛森は大きいんだなあって、思いました。

黄昏のとき、サリュートが言っていた「自分が傷つかないために、誰かを傷つけるのか」っていう台詞が浮かんで、ちょっとじんわりキてしまいました。

 

たぶんですけど、世界中の誰に認められなくても、たったひとり雛森に「おまえはこの世界に生きていていいんだ」って言ってもらえたら、小暮くんはそれで充分すぎるほど救われたと思います。

それくらいの存在なのかな、メサイアって。

 

小暮くんがひとり、自分の本当の気持ちを認めてあげるシーンは、真一くんと小暮くんが、一慶さんの雛森と本物のメサイアになるという決意の土台になる、最高のシーンでした。じんわり、自分に言い聞かせるように、そうであることをちゃんと理解して実感させるように呟かれる台詞のひとつひとつがめちゃくちゃ重くて、また泣きました(涙腺がすでにガバガバなのでだめです)

 

でもそんな決意を固めたのに、雛森はユキといっしょに行こうとしちゃうんですよ……。

ユキたちの本当の目的を知ったとき、普段の雛森だったならきっと、相手といっしょに行こうとはしなかったと思います。それぐらいの冷静な判断は、雛森ひとりなら充分できるはずなんです。

でも、そのときの雛森にはそれができなかった。それを、小暮くんはおかしいなって、ちゃんと思えたんですよね。雛森だったら、わかってるはずなのにって。

 

雛森を必死に呼んで、それでも雛森に「おまえの好きなように生きろ」って言われて自分の拳銃を目の前に置かれたときの小暮くんの気持ちを思うと、死にそうになります。

「おまえの好きなように生きろ」って、捉え方によったら「おまえは俺とは関係ない」っていう見捨てられる意味にもとれるじゃないですか。

雛森ほんとそういうとこあるんですけど、月詠でも、自分はクローンだって苦しんでる小暮くんに「それがどうしたんだ」っていうじゃないですか……おまえ……もっと他に言い方があっただろ……って思っちゃうんですよね……おまえ、ほんとそういうとこだぞ……)

小暮くんはここで、もう一度雛森に裏切られるんですよ。

でも、このときの雛森は普通じゃない。普通じゃないし、ユキといっしょに行けばもっと大変なことになる。それがわかっているから、小暮くんは雛森を取り戻すことを諦めなかった。

ユキへの罪悪感に雁字搦めにされた雛森のことを、小暮くんはちゃんとわかっていました。だからこそ雛森に対する小暮くんの台詞が「俺といっしょに生きよう」っていうユキみたいなものじゃなくて、「ユキとはいっしょに行かせない」っていう、雛森の選択肢を彼に残してあげるものだったのかなあ、と思います。

 

でも、雛森を取り戻すためには、代わりがある「一嶋晴海のクローン」ではだめで、代わりのいない「雛森メサイア」として雛森を迎えに行かないといけない。一嶋係長に「いつまで駄々を捏ねているつもりですか」って言われても、仕方ないと思います。自分自身で自分のことをちゃんと認めていないのであれば、いくら誰かに認めてもらっても意味ないですもんね。

その中で、一嶋さんと小暮くんのあのシーンは本当に大きかったと思います。

 

「自分だけが誰でもないと思うな みんな藻掻きながら、誰かになる」

私、この台詞が黎明一と言っても過言ではないくらいに大好きなんですけど、小暮くんは小暮くんだけが世界一苦しいんじゃないし、その苦しみを一方的にぶつけて分かってもらおうなんて考えちゃいけないってことを、ちゃんとわからないといけなかったんですよね……。雛森が抱えていたことも含めて、自分と相手の苦しみを委ね合ってこそメサイアなので。

 

雛森のことを取り戻そうと言葉を尽くすシーンなんですけど、あそこの殺陣、本当に変わったなあって思いました。

小暮くん、ほとんど雛森に向かっていくんですよね。その手を引いて連れ戻そうとして、それをユキに阻止されるっていう構図が多くて、当初ユキを殺そうとしていた小暮くんとは、全然違うんですよ……。

雛森がユキを大切にしていることもきちんとわかっていて、その上で、雛森に選んでもらうという形で雛森を連れ戻そうとしているところが、最高に小暮くんの成長を感じました。ちゃんと、雛森のことを考えられるようになったんだなあ、って思って、めちゃくちゃ嬉しかったです。

 

雛森の台詞の「人は弱いし、過ちを犯すけど、だからこそ支え合って生きていける(ニュアンスこんな感じだった気がする)」って、まさに小暮くんと雛森のことなんですよ。

お互いに弱くて、お互いにたくさん間違っちゃうけど、それでもお互いの手を引いて支え合ってるんですよね。

 

クライマックス3人の戦闘は、まじで毛利さん鬼だなって思いましたけど、雛森が小暮くんの銃を使ってくれたのが本当に嬉しかったです。

今まで、雛森の左側のホルスターに入っていたのはユキの銃でしたけど、この殺陣の中では、雛森の左手には小暮くんの銃があったので。雛森と小暮くんがちゃんとメサイアになった証のように思いました。

 

あと、ラストの小暮くんの「俺たちなら」って言いながら、雛森の左側の拳銃(ユキのもの)に手を添えるところも最高でしたよね!!!!!!

ユキの存在もふたりで背負って生きていくんですよ、雛森と小暮くんは……。

 

雛森が最後に「おまえのことは、」って言いかけたところを、小暮くんが「俺が守る」って言ってくれたところも、ふたりの関係が完全に対等になったように感じました。

今まではどちらかというと、雛森が小暮くんを助けたり導いたりする内容が多かったですが、小暮くんだってちゃんと雛森を守りたいと思ってくれているし、自分はそう在るべきだと思ってくれている。これって、メサイアですよね。メサイアを助けられるのは、メサイアだけなんですよ。

 

月詠ED後の百瀬さんの台詞の「小暮くんに救われるのは、あなた(雛森)かもしれないわね」っていうのを、こんな形で叶えてもらえるなんて思ってもみなかったです。

途中、なんでこんな思いをしなくちゃいけないんだ?って思うくらいしんどいんですけど、ラストでちゃんと救ってくれるので、やっぱりメサイアだなあって思いました(笑)

 

一慶さんがカテコでおっしゃってましたが、本当にこの黎明は「人の弱さ」みたいところがすごく表現された舞台なのかなって思います。なにかに手を伸ばすことって、実はすごく難しいんだなあ、と思いました。

 

主演のふたりはもちろんですが、他キャストもまじで命削ってない?って思わせられるところたくさんあるので、大阪公演もめちゃくちゃ楽しみです^^

これは東京公演終了時の、小暮くんの視点に沿って書いた感想なので、たぶん大阪と凱旋でまた感想はガラリと変わると思いますし、次は雛森視点であらすじ追うのも楽しそうだなって思いました。

 

大阪と凱旋楽しみだなあ!そして、西森さんのお話聞くのもめっちゃ楽しみ!